沖縄民謡の歴史
■沖縄民謡の歴史 沖縄民謡は島唄とも呼ばれ、【おもろ】や琉球古典音楽がルーツです。おもろとは【おもろさうし】(沖縄最古の歌謡集)の歌謡のことで、祭祀の場などで歌われました。琉球古典音楽はその名の通り、琉球の王朝文化の中で広まったものです。祭祀の場で歌われるという風習は今でも受け継がれており、祝い事や何らかの行事においては民謡が歌われているそうです。
民謡の広がりには毛遊び(モーアシビ)という風習が大きく関係しているとも言われています。毛遊びとは、男女が夜に野原や海辺に行き、唄や三線に興じることを言い、大正末期〜昭和初期に広く行われていたみたいです。ただ、地域によっては戦後まで行われていたとも言われています。
この毛遊びでの歌い方は様々で、例えば1つの曲に幾つもの歌詞をのせる。例えば、1つの歌詞に好みの曲をのせる。例えば、民謡を自分流の歌い方にアレンジするなどがあり、これといった決まりごとは無かったのです。
尚、沖縄民謡は労働歌、踊り歌、情歌、座歌の4つに大別でき、哀愁や優美といった数々の雰囲気を持ちます。また、沖縄民謡を実際に聴いてみたいのならば、民謡酒場と言うものがありますので、そこへ行くと良いでしょう。実際には赴けない人の為に、マルフクレコード、マルテルレコードといった民謡のレーベルがあり、カセット、CDなどで数多くが販売されています。 |
島唄沖縄民謡ベスト20
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八重山民謡の歴史
■八重山民謡の歴史 八重山地方は沖縄の中でも民謡の宝庫として名高いところであり、16世紀以前のものは古謡、17世紀以降のものは古典民謡と呼ばれます。有名なものを挙げると、【とぅばらーま】、【鷲ぬ鳥節】、【小浜節】、【月ぬ美しゃ】、【デンサー節】、【安里屋ゆんた】などでしょうか。安里屋ゆんたは非常に有名ですが、実はこれも八重山の民謡なのです。
【アヨウ】、【ユンタ】、【ジラバ】などの、三線を用いない古い歌謡が歌い継がれているのも八重山の特徴です。更に江戸時代頃に那覇から赴任して来た士族階級の人々が、上記のような古謡に三線で伴奏をつけたものが【節歌】として残されており、これが八重山民謡として今も歌われているのです。
また、沖縄民謡よりも八重山民謡の方が本土の人には馴染み易いことがあります。これは八重山民謡の方が、より古い音階が残っているからであり、それが日本古来の音階に近いからなのだそうです。
八重山民謡は、歌の数もかなりのもので、八重山古典民謡保存会にある工工四集には140曲も収められており、これに古謡まで加えると総数は数百曲を超えるとも言われています。八重山古典民謡保存会とは、八重山古典民謡の大御所、大M安伴師が設立した伝承団体であり、1983年に沖縄県の無形文化財保持団体として認証されているのです。 |
海人〜八重山情唄〜
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